2020.08.05 Wed

デンマークからのエール。
いま、大切にしたいこと、見失ってはいけないこと。

デンマークの特別支援学校にてお勤めのピーダーセン海老原さやか先生へのインタビュー。

デンマークにおける教員の力。

小田:今日は国を超えて、デンマークの特別支援学校にて教員をされているピーダーセン海老原さやか先生にお話を伺ってまいります。デンマークにおけるコロナ対策は、世界でも注目を集めており、広い視野で見たときに日本の先生方にもヒントとなることがあると感じています。
 早速ですが、海老原先生はデンマークにご活動の拠点を移されて、どのくらい経つのでしょうか。

海老原先生:2004年の留学の後、2006年の春に結婚を機にデンマークに移ったため、15年が経ちました。デンマークに来る前は、5年間、都内の養護学校で教員をしていました。その時は、英語を教えていました。

小田:デンマークでは、いつ教員になられたのでしょうか。

海老原先生:2011年から特別支援クラスのヘルパーとして関わり始めました。というのも、デンマークでは日本の教員資格が使えなかったからです。その後、職場のリーダーと相談の上、2012年の夏から2年間、週1回は資格取得のための教員養成学校に通い、週に4回ヘルパーの仕事も続けるという生活をしました。正式な教員資格取得ができたのは2014年6月だったのですが、ヘルパーとして働いていた学校で欠員が出たため、運よく、2014年2月から教員として正式に働き始めました。

小田:日本とデンマークの両方で教員経験がおありとのこと。おそらく同じ「教員」という仕事であったとしても、その質にはギャップがあったと思うのですが。

海老原先生:デンマークの学校はカリキュラム制ではないので、決まった到達目標に対して、どのような教材を選びアプローチをしていくか、これを考えるのがデンマークでの教員の力になります。そのため、デンマークの教員は「目標にどのように到達するか」という授業の組み立て方が得意だと感じています。”教員はクリエイティブな仕事だ”と日本でも思っていましたが、デンマークでは一層強く感じています。

小田:非常に興味深いです。

海老原先生:もう1つは、教員一人一人の裁量が大きいので、様々なことにチャレンジしやすかったり、「やってみよう!」と思える土壌があります。私が少し変わったアイデアをもっていたとしても「やってみよう」という職場の雰囲気があるのはとても良いと感じています。

小田:視点を日本に移すと、今、まさに日本の先生方もクリエイティブな毎日を過ごされていると感じています。それを加速させている要因の1つに、「明日学校が休校になるかもしれない」という危機感のようなものもあると思います。クリエイティブでなければ乗り越えづらいのが今であるとも言えるかもしれません。先生方の独創的なアイデアを今まで以上に尊重し、大切にすることが、今を乗り切るためのヒントになり得ると感じました。

プロの視点を取り入れたコロナ対策を。

小田:日本とデンマークではパンデミックの時期がずれていたこともありますが、デンマークは日本よりも早い段階での学校再開がなされていたと聞いてます。また、国が学校再開をすると宣言してから、実際に学校再開がなされるまでの期間も短かったと思いますが、その間、先生方は緊急のディスカッション等を行ったのでしょうか。

海老原先生:結論から言うと、ディスカッションはありませんでした。デンマークでは、様々なことに対して保健省がガイドラインを出しています。私個人の「note」でも紹介しましたが、例えば「子ども同士が遊ぶ時」についてもガイドラインが出されました(現在は異なるガイドライン)。学校再開に際しては、まず保健省が学校再開におけるガイドラインを出し、各市の議会委員がディスカッションをして学校におろし、学校では各々の実情に合わせて多少のアレンジを行うという流れでした。ただ、各学校でのアレンジというのも、私たち現場の教員が行うのではなく、それは管理職の仕事でした。例えば「朝来た時、11時、食事の前、食事の後、14時、帰る前に手を洗ってください」ということを管理職が決めてくれるので、現場としてはその検討に労力を割く必要はありません。机間の距離を2mにするのか3mにするのか、ということを考えるのも現場の教員の仕事ではありません。その意味で、学校再開に際してのディスカッションはありませんでした。

小田:国から始まり現場の先生まで、それぞれのセクションが迅速に自身の役割を果たし、滑らかなバトンパスをしあった様子が想像できます。

海老原先生:例えディスカッションを行う場合でも、何についてディスカッションすべきなのか、それは誰がディスカッションすべきなのか、という視点が大切だと感じています。その線引きがはっきりしていないと、例えば今回のコロナ対策においては、変な解釈で間違った安全対策を行ってしまうことにつながりかねません。
「コロナ安全管理」は私たち教員のプロフェッショナルではないと考えています。言い方を変えると、コロナ安全管理について教員よりも深く理解しているプロは他にいるわけです。安全管理のプロが考えたことを、私たち教員が現場に合うようにする、それが今は大切なのだと思います。

安全・安心でいられてこそ勉強ができる

小田:海老原先生のnote「With Coronaな学校生活」(5月15日)では、「保健省からのアドバイス」として「1.手を洗うか消毒をする。2.手ではなく、腕に咳やくしゃみをする。3.握手、ハグ、頬を合わせるハグを避ける。4.家でも職場でも掃除に注意する。5.高齢者やコロナが重症化する恐れのある慢性疾患がある人は、人混みを避ける」ということが挙げられているのに対して、具体的な学校での対応をまとめていらっしゃいます。この記事が公開されてより2か月以上が経ちましたが、学校での対応に変化はあったのでしょうか。

海老原先生:例えば、子ども同士の距離が2mから1mになったり、また最初は少人数の固定のメンバーだけで遊んだり、食事をしたり、グループワークをして良いということだったのですが今ではクラス全員で活動ができています。逆にこの2か月間変わっていない点としては、基本的には外での活動が推奨されていることです。

小田:緩和されたとはいえ活動制限が継続されている中、どのようなことを大切に教育活動に取り組まれているのでしょうか。

海老原先生:活動制限が子どもたちのストレスになりすぎないということを大切にしています。感染症対策をすることはもちろん大切なのですが、それによって学校に行くことがしんどくなってはいけないと感じています。また、手を洗うことや消毒をすること、保護者の方はお子さんに少しでもコロナらしき症状があれば学校には送らない等の連携を通して「”安全”を確保して、子どもたちが”安心”して勉強できること」が大切だと感じています。子どもたちの安全・安心のために教員はいつも通り学校にいますし、子どもが悲しんでいるときにはハグもします。子どもたちが安全・安心でいられてこそ勉強ができるのだと思います。

小田:今言われているリスク対策(3密回避、手指消毒、マスク着用等)は子どもたちの身体を守るものですが、これを安全・安心という「心を守るため」の視点で見たとき、教員自身が感染リスクになることを考えつつも、時には子どもと近い距離でコミュニケーションをとるなど、過度に怖れないよう柔軟に捉えていきたいです。

海老原先生:具体的な授業場面の工夫をお伝えすると、例えば算数をしているときに、算数のブロックを子どもたち同士で共有させないとか、洗えるものを使う他、ボードゲームをするときには子どもの間に教員が入ることで自然に子ども間の距離が確保できるという、小さな配慮でできることはたくさんあります。こうした視点をもつことで、私たち教員ができる感染症対策をみつけるのも上手になってきました。そうした結果、子どもたちに安心が提供されていくと考えています。

しっかり休むこと。「今まで通り」を捨てる。

小田:この記事が公開される8月7日は、日本のほとんどの学校が夏休みに入っていると思います。日本よりも早く夏休みをお過ごしになられているデンマークの海老原先生から見て、今まさに夏休みが始まった日本の先生方へ、夏休みの過ごし方に関するアドバイスはありますでしょうか。

海老原先生:「節目なので、きちんと休むこと」、これに尽きると思います。そのためには、管理職がしっかり職員を休ませることが大切だと感じていますし、責任だとも思います。

小田:休むということを命令してもらうくらい強い表現でなければ働いてしまうというのはよく分かります…。

海老原先生:「たくさん働くのが良いことだ」という意識がまだ日本には残っているように思います。そうではなく、「休むことが良い仕事につながる」というのは明確だと私は感じています。先生方によっては休暇の期間も異なると思いますが、その間は学校から離れ、全く関係ないことを考える等、しっかり休んでほしいです。そうでないと、冬休みまでの間に息切れすると思います。

小田:子どもたちもしっかり休ませたいですね。

海老原先生:終えられなかった単元のことを考えるというような目先のことよりも、勉強したい、学校に行きたいというような気持ちを子どもが持ち続けられるように、という長期的な目で見ないと、大きな代償を払うことになると感じています。この夏休みは、教員自身がしっかりと休むこと、そして子どもたちをちゃんと休ませること、これがとっても重要だと思います。今回のコロナは誰もが初めて直面している問題です。「今まで通りできるわけがない」ということを改めて考えてほしいです。

全国の先生方へのメッセージ

小田:とても短い時間だったこともあり、お話し足りないところもあるかと思いますが、個人的にはデンマークで教員をされているからこそお持ちの視点を共有いただけたことに、改めて感謝しているところです。最後になりますが、日本の先生方へメッセージをお願いします。

海老原先生:「休むということが良い仕事につながる」ということはデンマーク人を見ていてとてもよく思うことです。私たちは教員であるより前に人間で、休むということは人間にとってとても大切なことです。常に120%で働くのではなく、70%くらいで良しと思えるように肩の力を抜いてほしいです。また、20年以上教員をやっているような私たちの年代は、上手な働き方、休み方のお手本を若手の先生に見せていくべきだと思います。若手の先生が上手に休めないのであれば、それは私たちの年代の責任だとも思います。

小田:海老原先生、大変お忙しい最中、インタビューにお力添えをいただきありがとうございました。

話し手

ピーダーセン海老原さやか先生 … デンマークにて特別支援学校教諭。

聞き手/ライター

小田直弥 … NPO法人東京学芸大こども未来研究所専門研究員。

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