2021.03.18 Thu

ARの可能性。情報教育×特別支援学校への想い。(前編)

東京都立青峰学園にてお勤めの滑川真衣先生(まい先生)へのインタビュー
  • 情報という分野は、若手の先生が輝ける機会が多分に含まれている。
  • ARを用いた授業は、子どもも楽しい。空間を認知する力が高まる可能性。
  • 他校の先生とのつながりを糧に、共に高めあい、より良い授業づくりへ活かしていく。
  • 特別支援学校の子どもたちも、若手の先生も輝けるのが「情報」。

    小田:今日は、東京都立青峰学園にてお勤めの滑川真衣先生(まい先生)へお話を伺ってまいります。はじめに、自己紹介をいただけますか。

    まい先生:専門は数学と情報で、教員生活4年目になります。現在は、肢体不自由特別支援学校の子どもたちと共に、日々を過ごしています。

    小田:教員を目指されるきっかけはおありだったのでしょうか。

    まい先生:高校時代、数学の授業で、質問や疑問に丁寧に向き合ってくれる先生に出会い、「私も見捨てない先生になりたい」と思ったのがきっかけのように思います。

    小田:そうした思いの延長に、特別支援学校の先生という選択肢が自然と浮かび上がってきたということですね。

    まい先生:介護等体験を終えた後、同じ学校で1年間のボランティアをさせていただいたのですが、そのとき、私のような学生ボランティアに加えて、学校の先生や介護職員の方、看護師、外部専門員、地域のみなさんが連携して一人の子の育ちを支えていくことを学びました。そうした経験から、肢体不自由特別支援学校を第一希望として、現職に就きたいと思い、夢がかないました。

    小田:先生は、数学と情報を専門にしていらっしゃるとのこと。特に、特別支援学校の子どもたち(高校生)に情報の授業をしていくうえで、大切にされているお考えはおありなのでしょうか。

    まい先生:特別支援学校には、学習上の困難さがある子どもたちも少なくありません。ただ、情報の授業では、だれも思いつかないような発想で、いままではできないと言われていたことを成し遂げられる場面にたくさん出会ってきました。そんな子どもたちにとって希望を与えられる分野でありたいと考えています。
     加えて、少し話がそれるかもしれませんが、教員という仕事は、生活指導や進路指導など、経験がとても重要だと感じています。もちろん若い先生で、活躍されている先生は全国にたくさんいらっしゃると思いますが、個人的にはまだ、経験のなさがやりきれない思いにつながることもあります。ただ、情報の分野は、若い先生が活躍できる分野でもあると思っています。新しい技術をどんどん取り入れていくという意味では、若手の先生が豊かな経験をもっていることも往々にしてあると思います。私は中学生の頃からSNSを、高校生ではスマホを使っていました。そんな自然に獲得してきた生きた力を学校の中でどのように活かしていくかという点では課題もありますが、若手の先生が輝けるチャンスがころがっている分野こそ「情報」なのだと思います。

    ARの教育活用可能性。やってみて、気づいたこと。

    小田:「情報機器を活用して、子どもたちの表現を最大限引き出す」というまい先生のお言葉をたまたまインターネット上で見つけたのですが、これは本当に共感する考え方です。その1つとして、AR(Augmented Reality/拡張現実)を用いた授業実践をされているのは、まい先生の特徴ある取組のように思います。

    まい先生:肢体不自由をもつ子どもたちは、小さい頃から、ハイハイをして遠くまで行くことや手を伸ばして物を取るなど、距離感を掴むための学びの機会が乏しくなりがちであるように思います。そうした理由から、空間を認知する力を学校で大切に育んでいきたいと感じ、ARを取り入れてみることにしました。

    小田:ARはまだまだ教育実践例が少ないように思いますし、個人的には未知の存在です。ARはどのような体験や学びの可能性を子どもたちにもたらしてくれるのでしょうか。

    まい先生:例えば、上の画像のように、画面越しではありますが自分で作成したオブジェを登場させたり、簡単な操作だけでオブジェを真上から眺めたり、位置を変えたりということができます。こうして機器を活用して現実との新しい関わり方が生まれ、そこでは新しい学びが生まれるように思います。

    小田:実践した結果、ねらいであった空間を認知する力という観点ではいかがでしょうか。もしかすると、思いもよらぬ発見もあったのでしょうか。

    まい先生:実証ができたわけではありませんが、実感としては生徒の空間を認知する力は伸びたように思います。こうしたオブジェを作るためには、図形を回転させたり、大きさを変えたりして組み合わせる必要があるため、そうした活動の中で、力を育むことができたと感じています。

     加えて、ARは画面の中で完結するのではなく、私たちと同じ世界に作成したものを登場させ、回転させながら作成物を確かめることができるため、より確かな学びになるように思いました。
     さらに、自分でつくったものが、現実世界に登場してくれることで、やはり嬉しいですし、楽しいですし、そういった情感を伴いながら活動を広げたり、深めてみようという主体的な意欲が出てくる可能性も感じました。

    他校の先生とのつながりを糧に、高めあう。

    小田:ARの実践等については、後編の記事で詳しく教えていただきたいのですが、実はまい先生のご活動を拝見する中で、色覚多様性に関する資料があり、見入ってしまいました。
     「色覚多様性」とは、かつては色覚異常や色盲、色弱と呼ばれていたものを、2017年9月に日本遺伝学会が発表した遺伝学用語集「遺伝単」の用語改訂により使用が推奨されることになったものです。「赤色」と一言にいえども、その見え方は人によっては多様かもしれず、私たち授業実践者が何かしらの授業資料を作る時、色に意味を込めすぎてしまうと、もしかしたら学びに困難を感じる人も言えるかもしれない危険性が示唆されます。

    C=一般的とされる見え方
    P=赤い光を感じにくい方の見え方
    D=緑の光を感じにくい方の見え方
    T=青い光を感じにくい方の見え方

     正直、僕は色を積極的に使用する癖があったので、とても反省するきっかけとなりました。まい先生にとって、こうしたテーマを発信したいとお考えになられたきっかけがおありだったのでしょうか。

    まい先生:最近、高等学校の先生とお話する機会があったのですが、高等学校の情報科の先生と、特別支援学校で情報教育を推進している先生とでは、認識のギャップがあるように感じました。
     例えば、「『アクセシビリティ』をテーマに授業をしたい」とお話をしてみると、「あ~、ウェブサイトの話ね」と言われたことがあります。確かに、「高等学校情報科「情報Ⅱ」教員研修用教材(本編)」(文部科学省)のうち「第2章 コミュニケーションとコンテンツ」では、ウェブアクセシビリティがメインになっています。ただ、特別支援学校で「アクセシビリティ」と言われると、ウェブアクセシビリティだけでなく、おそらく情報機器を操作するための支援技術なども想起されるように思います(例えば、視線入力装置など)。
     こうした認識のギャップがあるということを私らしい方法で発信したいと思ったのがきっかけです。

    小田:ギャップを感じるだけでなく、発信された行動力が素晴らしいです。

    まい先生:もちろん、高校の先生が強く意識されていることもあると思い、例えば問題解決型の授業デザインについてはとても充実しているように感じました。個人的な意見ではありますが、特別支援学校の場合、問題解決型の授業を実施したとしても、設定された課題にリアリティがないことから解決したいという意欲がわいてこないということもあるかもしれません。そのため、私の授業では高校の先生より伺ったことを参考にして、いま子どもたちが直面している課題をテーマに据えられるようとても注意するようにしています。

    小田:お互いにもっとつながりが増えることで、刺激し合いながらより良い教育を創造していくことができそうですね。

    まい先生:その通りです。そういう意味で、私からの発信としては、障害のある子どもがいるからその子どもに特化した授業をつくろうという発想ではなく、ユニバーサル・デザイン(UD)を前提とした授業を普段から実施できるといいのではないかな、と思いを込めています。

    小田:UDの視点はとても重要な一方で、どこまでを配慮すべきか迷われる先生もいるかもしれません。

    まい先生:必ずしも、すべての子どもに対応する必要はないと思います。例えば、難聴の子どもがいるからといって、字幕付きの動画をクラス全員に見せますか?情報量が多すぎて、逆に分からなくなる子どももいるかもしれません。必要な人が、必要な技術を使って、主体的かつ適切に情報を受け取ることができるようなアクセシブルな環境を整えておくことへ個人的には期待を寄せています。

    小田:先日、教科書を眺めると頭が痛くなり、勉強が苦手になってしまった子の話を聞きました。先生や保護者の方も、単純に、その子が勉強が嫌いだからそうなるんだ、と思い込んでいたようですが、実は教科書の印刷に使用されていたインクが原因だったというオチで、学ぶ方法(情報を受け取る方法)を変えることで、勉強に復帰できたとのこと。
     情報を受け取る方法について、自分に合った方法を見つけることも大切ですし、そうした方法を見つけるサポートをすることも教員の役割であると言えるかもしれません。自分に合った方法が分かってくるときっと子どもたちは情報を受け取ることが楽しくなり、主体的な学びへ大きな一歩を踏み出せるようになるとも思います。

    (後編へ続く…)

    話し手

    まい先生 … 東京都立青峰学園教諭。MIE EXPERT 2020-2021。

    聞き手/ライター

    小田直弥 … NPO法人東京学芸大こども未来研究所専門研究員。

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