2021.03.26 Fri

ARもICTも、いつでも子どもが中心に。(後編)

東京都立青峰学園にてお勤めの滑川真衣先生(まい先生)へのインタビュー
  • 「ARでならば伝えられるかも!」という生徒の想いはSDGs賞へ。
  • タブレット1つあれば、ARはすぐに始められる。
  • 子どもたちからの提案で、ICT機器の活用について教員の意識が変わった。
  • ARの実践。

    小田:今日は、前回に引き続き、東京都立青峰学園にてお勤めの滑川真衣先生(まい先生)にお話を伺ってまいります。
     前回はAR(拡張現実)を用いた授業の可能性について、広い視野でお話しいただきました。そこで今回は、具体的な実践について、お話を伺えますでしょうか。

    まい先生:今年度の取組から、本校のオンライン文化祭で活用したARの実践をご紹介したいと思います。
     まず本校には、第1回の文化祭時に生徒の案で誕生した「ほうちゃん」というマスコットキャラクターがいます。青梅市のシンボルであるウグイスと梅の花がモチーフになっています。

    小田:とってもかわいいですね!

    まい先生:ほうちゃんは、毎年文化祭になると登場してくれて、一緒に写真を撮ることもできていたのですが、今年は文化祭がオンラインになったことからそうした楽しみがなくなってしまいました。そこで、「ARでつくれば、いつでも、どこでもほうちゃんと写真が撮れる!」と子どもたちから提案があり、ほうちゃんをARでつくることにしました。
     ほうちゃんづくりの材料となるのは次の画像に示される3つの立体です。

     これらを組み合わせ、色を変えることで、ほうちゃんの完成です。完成したほうちゃんと記念撮影もできました。

    小田:手乗りほうちゃんですね!生徒との取組はいかがでしょうか。

    まい先生:美術の時間に生徒がつくったフィギュアを文化祭で多くの方にご覧いただく予定だったのですが、文化祭がオンラインでの開催となったことから、作品を写真でしか伝えられない状況になりました。そこで、フィギュアをスキャンして3Dデータにし、フィギュアの3Dデータと、ARでつくったものを組み合わせて、自分の作品の展示スペースをつくり、それをご覧いただくこととしました。
     これまでは、作品を展示スペースに置くだけでしたが、せっかくA Rで作るなら、展示スペースからデザインしてみようと今まで思いつかなかった発想も生まれました。
     次の画像は、生徒の一人がつくった展示スペースの一部になります。

    小田:3Dスキャンで読み込んだフィギュアの隣に並んでいる人たちは生徒自身の力で作成されたとのこと。このフィギュア等が並ぶ机から視線を上に向けると、ほうちゃんがたくさんの風船とともに空を飛んでいるという空間づくりになっています。

    まい先生:こうした文化祭での取組の他、ARも活用しながら生徒と一緒に作成した「私たちも、世界の一員なんだ。」という動画作品が、「キッド・ウィットネス・ニュース(KWN)日本」(主催:パナソニック株式会社)の高校生部門にて入賞し、SDGs賞をいただくことができました。

    小田:こちらの動画ですね。とても素敵な内容です。

    まい先生:動画の中では、貧困や飢餓など、世界の状況を伝える場面があるのですが、これらについて「どうやったら伝えられると思う?」と生徒と対話をしたところ、「言葉で伝えるのは難しいけど、ARでならば伝えられるかも!」という方向になりました。そこで、ご飯やお金の有無を伝えられるようなARをつくり、それを背景に、自分自身でそうした世界の状況を説明する、という動画作りにしました。

    小田:「ARでならば伝えられるかも!」という生徒の発想が、本当に面白いです。

    まい先生:動画作りのプロセスも充実していたのですが、今回の受賞経験は子どもたちの自信につながっていると思いますし、「障害のある私たちも世界の一員なんだ!」ということを子どもたち自身の力で発信できたことをとても誇らしく感じています。

    ARは道具の1つ。子どもたち一人ひとりに最適な方法で学びを進める。

    小田:まい先生のお話を伺っていて、「ARってやっぱり面白い」と強く感じています。一方、僕の身の周りでは、まだそこまでARの教育活用は進んでいないような印象があります。

    まい先生:最先端技術のような印象から、もしかすると手が出しにくいのかもしれません。意外とタブレット1つあれば、すぐに始めることができるのですが…。

    小田:たしかに、新しいことに挑戦するのは勇気がいるのかもしれません。

    まい先生:加えて、学習のねらいをどこに設定するのか、という難しさもあるのかもしれません。ARを使うことがメインになるというよりは、授業の中の道具の1つとしてARが位置づくと良いのだとは思います。例えばARでシミュレーションをしてみたり、図形を回転させてみたり、表現のために使ってみたりするなど…。

    小田:ICTの活用が広がりをもつ中で、ARを使うという選択肢も広がっていくと良いですね。

    まい先生:ARに限らず、ICTのもつ可能性という意味では、例えば、細かい操作に困難があり、キーボードで演奏ができない子どもがいました。タブレットであればキーボードを弾くことができ、さらに和音を弾くこともできました。そのおかげで、他の子がキーボードで参加する中、その子はタブレットのキーボードで参加し、一緒に合奏することができたという感動がありました。

    小田:確かに、最近のアプリケーションでは、鍵盤の幅が変更できるものがあります。白鍵の幅が広くなったり、狭くなったりと調整できるので、画期的です。そうして、ピアノやキーボードに限定されず、タブレットという選択肢も含めて、子どもたち一人ひとりに最適な方法で、学びを進められる姿がとても素敵だと思いました。

    子どもたちが先生の心を動かすこと。GIGAが加速するヒント。

    まい先生:特別支援学校には、細かい操作に困難があり、プリントをファイルにはさむことができない子どもたちがいます。そのため、プリントで学習する時間が終わると、いつも先生に「ファイリングをお願いします」といってファイルを渡していました。ある日、その子が「プリントをデータでください」と言ってきたことがありました。そうすると、データにスタイラスペンで文字を書き、画面の中でフォルダ分けができます。ファイリングが自分の力でできるようになりました。

    小田:その子はとっても嬉しかったと思います。自分の力でファイリングができるという、「自分でできる」ってやっぱり嬉しいと思います。

    まい先生:「人生が変わった」と言っていましたし、こうしたことがきっかけとなり、先生方のICTの教育的活用は大きく進んだように思います。ICTの活用について先生たちがぶつかりあっているよりも、子どもたちが中心にいて先生の心を動かすこと、これこそGIGAが進むヒントなのだと感じました。

    小田:これまで、POWER FOR TEACHERSでインタビューをさせていただいていた先生からのお話を聞く限りでも、教員同士で意識を高く保ち続けることの難しさを感じ取っていました。ヒントは子どもだったのですね。

    まい先生:さすがに子どもに提案されたら、「やってみよう!」って思いますよね…。結果として、本校ではICTを活用した授業の実施回数が向上しましたし、夏休みのICTの研修への参加率もあがりました。先生たちだけでは実現できなかったかもしれないこの結果も、間に子どもが入るだけで変われたような気がします。

    小田:先生と子どもとの関係性も、きっと新しくなるような気もします。

    まい先生:この分野については、子どもの方が知っているということも往々にしてあるので、先生-子ども間のコミュニケーションが生まれるきっかけにもなりますね。「え、どうやるの!教えて!」というような。

    全国の先生方へのメッセージ

    小田:最後に、全国の先生方へメッセージをお願いします。

    まい先生:「ICT中心デザイン」と「子ども中心デザイン」ということを考えてみたのですが、ICTの活用については、ICTを中心として、その周囲に先生がいて、子どもが外側にいるという「ICT中心デザイン」になってしまうことへの危惧を感じています。
     そうではなくて、学びの受け取り手である子どもが中心に置かれ、その周囲に教員がいて、その周辺にはICTや手作り教材があったり…と、ICTや手作り教材、先生同士の連携を適材適所で活用し、子どもたちへの最善の学び環境の創造に期待を込めた「子ども中心デザイン」に取り組みたいと考えていますし、全国の先生方とも一緒に考えていけると嬉しいです。

    小田:まい先生、今日はありがとうございました。

    話し手

    まい先生 … 東京都立青峰学園教諭。MIE EXPERT 2020-2021。
    学校のTwitter:https://twitter.com/tokyoseihougaku

    聞き手/ライター

    小田直弥 … NPO法人東京学芸大こども未来研究所専門研究員。

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